旧石切町の石工用具(黒田家資料)
きゅういしきりまちのいしくようぐ(くろだけしりょう)
概要
黒田家は、慶長年間に、仙台城築城のため伊達政宗により大阪から招かれた石工の家系であり、石垣普請の際に石材に「井(イゲタ)」を刻印したと伝える。ただし、菩提寺に残された最古の墓標は、泉州日根郡の生まれで、元文3年(1738)に没した黒田八兵衛のものであり、これを初代と数えている。石切町の屋敷に加工場を設けるほか、採石をするための山とヤマヤシキ(山屋敷)を所有し、採石、運搬、加工を一貫して行っていた。幕末生まれの12代当主までは代々八兵衛を名乗り、16代目が現在地に「黒田石材店」を開いた。現当主は18代目にあたり、主に墓石の加工、設置を手掛けている。
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