長岡宮跡 ながおかきゅうせき

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史跡 / 近畿 

京都府
向日市鶏冠井町
指定年月日:19640427
管理団体名:向日市(昭49・12・12)
史跡名勝天然記念物

延暦三年十一月、都は平城京から長岡京に遷り、十年後の同十三年十月平安京に移った。
長岡宮の規模は、從来明らかでなかったが、最近門跡が発見され、ついで大極殿および小安殿の跡が判明するに至ったので、この両殿の地を指定しようとするものである。大極殿跡は、地表削平せられ、礎石はその痕跡すら止めていないが、周辺の石敷、凝灰岩の痕跡等により、基壇は東西40.3メートル、南北21.6メートルと認められる。その南面中央とその東西とに三か所の階段の跡があり、北面にも南面の西階に対応する西階の跡がある。中央と東方は、道路、家屋があって未調査ではあるが、それぞれ施設があったと推定される。
小安殿跡は、大極殿跡の北に接し、東西31.55メートル、南北15.25メートルの基壇上に桁行7間、梁行2間の建物があったと認められ、礎石の根石、基壇周辺の石敷が遺存している。基壇の北面には、中央、東西の三階段の跡がある。南面はき損されているが、階段等の施設があったと推定される。き損のあとも少なくはないが、基壇周辺の石敷上からは古瓦が発見され、現存の遺構は、よく両殿の規模をとどめ、長岡宮整備の姿を示すものとして貴重であり、更に長岡宮、長岡京の全貎を考察する上に規準となるものであって、日本歴史上極めて重要な遺跡である。
S54-12-048[[長岡宮跡]ながおかきゅうせき].txt: 長岡宮跡は、昭和39年4月27日史跡指定、その後追加指定をしたが、昭和54年2月、向日市鶏冠井町で市道拡幅工事の際、南北方向の[[築地]ついじ]跡が発見された。発掘調査の結果、築地は既に東半部が削平されてはいたが、残存長82メート…

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