藤原宮跡 ふじわらきゅうせき

史跡 / 飛鳥 / 近畿 

奈良県
694年~710年
橿原市高殿町・醍醐町・縄手町・木之本町
指定年月日:19461121
管理団体名:
史跡名勝天然記念物

藤原宮は持統天皇、文武天皇及元明天皇の皇居にして持統天皇八年十二月飛鳥淨御原宮より此の宮に遷らせられ文武天皇の御代を經て元明天皇和銅三年三月平城宮に遷らせ給ふ迄御三代約十五年三箇月ましませり、此の宮阯の位置規模に付ては古来定説存せざりしが最近鴨公村の内に於いて平城宮の朝堂院阯と殆ど同様の配置を爲せる朝堂院阯発見せられ■に藤原宮の所在は確定せられ又其の主要部の一たる朝堂院阯の規模闡明せらるるに至れり。
地は北に耳成山を■へ東は天香具山に近く西南方稍遠く畝傍山を望みて三山鼎立せる内に位し萬葉集の藤原宮御井歌に詠ぜられたる藤原宮の地形に適へり。
朝堂院阯は東西約百三十間、南北三百二十八間余に亙る廣汎なる地域を占むるものにして其の規模は北端部中央に南面して位する七間四間の大極殿あり、其の四周には廻廊を廻らし東西両廻廊中に南北に長き各々一棟の殿堂、大極殿を中心として東西に相對し南廻廊の中央部に門を開き又北廻廊の中央部にも建築物の遺構を存す而して南廻廊は東及西に延びて夫々南折、延長百七十六間余にして内側に矩折し長方形の一區劃を形成して其の南廻廊中央部に門を開く内部に十二棟の朝堂あり即ち中央部に廣場を設けて其の東西兩側に夫々南北に長き四棟の朝堂を南北に連れ又地域の南端部には東西に長き四棟の朝堂ありて東西に各々二棟宛南北に並列せり此の朝堂の区域の南に接し朝集殿の一劃ありてまた廻廊に圍繞せられ南廻廊中央部に門を開き南北に長き朝集殿東西に相對す。
此等の殿堂、廻廊及門等の阯は殆ど總て地下に埋没せるも其の基壇、礎石及栗石等遺存して舊規模極めてよく察せらるのみな…

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