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紙本墨画竹林山水図

概要

紙本墨画竹林山水図

絵画 / / 関東 / 東京都

東京都

1幅

東京都世田谷区岡本2-23-1

重文指定年月日:19870606
国宝指定年月日:
登録年月日:

公益財団法人静嘉堂

国宝・重要文化財(美術品)

 図に詩を著けている見心来復は元未明初の著名な禅僧で、定水寺の住職から至正の来年に霊隠の景徳禅寺に移り、明になってから全国の僧を監督する僧録司の右覚義の職についた。僧録司は善世、闡教、講経、覚義の四段階の職階に、それぞれに左右の位を設け一名ずつ任命されている。覚義は全国の僧の規律の取締りと、僧録司が置かれた天界寺の産業、財物を管理する役目を負っている。こうした寺院行政の枢要に参与した見心来復はまた詩文に巧みであり、その著「蒲菴集」が刊行され、右善世であった宗〓と名を斉しくすると評判されている。見心来復が著賛した絵画は五点ほど、他に相当数の墨跡が伝来しているが、建仁寺四十六世の円篷圓見の塔銘を撰文し、更に、妙楽寺には眺望の素晴しさを中国にも喧伝された呑碧楼のために「呑碧楼記」を贈っている。我が国の禅林が見心来復の地位と詩文における名声を知り、大きな関心を寄せていたことが知られるのである。図の賛はその署名に「霊隠」と冠しており、見心来復が霊隠に在った元の至正来年から明の洪武八年の間に著けられている。おそらく本図も見心来復に対する関心に引き寄せられ、南北朝時代の末、著賛の時期とあまり隔たらぬ頃に日明国交回復の動きに乗って我が国に到ったものと考えられる。
 図は右手に竹林が高く伸び立ち、水面を隔て汀渚が奥へ深く続いている。雲靄の中には遠山がぼんやりと浮かんでいる。竹の葉の画法は少々特殊であると見られるが奥深い汀渚に示された山水の構成と表現には元時代の特色が濃厚である。
 鎌倉時代以降、我が国には数多くの中国絵画が将来され、絵画に対する新しい造型眼と趣味が拓かれてゆくが、本図のような竹の図はまた特別に興味を持たれている。中国や我が国で愛好された竹林図の一体を伝える作例として、また我が国の詩画軸興隆期に将来された山水画の数少ない遺例としても貴重である。

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