上時国家住宅(石川県輪島市町野町) 主屋
かみときくにけじゅうたく しゅおく
概要
上時国家は,中世以来奥能登地方に強大な勢力を誇った旧家である。近世には奥能登にあった幕府領の大庄屋をつとめた。上時国家住宅は, 天保2年(1831)頃,現在地に屋敷を移し,主屋をはじめとする諸建物は安政4年(1857)頃までに完成したと考えられる。西面して建つ主屋は,桁行29.1mの大規模な建築で,入母屋造,茅葺の身舎の周囲に桟瓦葺の庇を廻らした形式である。主屋の北方には,土蔵造,平屋建の米蔵,北西には細長い2階建の納屋がある。
上時国家住宅は,奥能登における村落支配の拠点となった特権的な家の住居で,主屋は大型の民家が多い北陸地方にあっても最大級の規模を有している。
手の込んだ造りの室内の造作や座敷飾りとともに,土間廻りに豪壮な梁組をみせ,江戸末期の民家の一つの到達点を示す遺構として重要である。