讃岐入道集
さぬきのにゅうどうしゅう
概要
『讃岐入道集』は歌人藤原顕綱【あきつな】(生没年未詳)の私家集で一巻からなる。『顕綱集』ともいい、一〇五首の和歌を収載している。顕綱は讃岐、丹波、和泉、但馬などの守を歴任し、正四位下に叙され、後に入道して「讃岐入道」と号した。
この家集が自撰か他撰かは不明であるが、集中に長治元年(一一〇四)五月に行われた『左近権中将俊忠【さこんごんのちゅうじょうとしただ】朝臣家歌合』の歌が見られるので、その後まもなくの成立と考えられている。
本書の体裁は綴葉装冊子本。料紙には、①斐紙(薄様と厚様)、②装飾料紙(金銀砂子、切箔、野毛散らし)、③唐紙(波文様)が用いられている。本文は一首三行、詞書二字下げにて書写する。巻頭、巻末には藤原定家(一一六二~一二四一)の筆跡が認められる。『讃岐入道集』の諸伝本としては、現在のところ、宮内庁書陵部蔵本など一三本が知られるが、いずれも近世の書写本である。そのような中で、本帖は一部分ながら定家の筆にて記されており、定家監督本として鎌倉時代の成立になる。
その内容は、前・後半に分けられる。前半部の五三首は比較的長い詞書を有した日常生活の詠である。「しりたる人のもとより」「かたらふ人に」などの恋の贈答歌が多いが、特定の人物名は見られない。また詞書に「源氏を人にかりて返しやりける」とある歌は、『源氏物語』享受史の一齣【こま】として注目される一首である。後半部は、「一の宮の女房のうた」と題した一〇首、続いて「女御殿女房内りにて」と題した一七首を存する。その後、各歌合での詠があり、終わりに贈答歌二首をおいている。
付属の添状などから、加賀前田家に伝来したと考えられる。
本帖は、伝来する『讃岐入道集』の中の最古写本であり、その研究を大きく進展させるものとして貴重である。
附【つけたり】の柳流水鴛鴦【やなぎにりゅうすいえんおう】蒔絵箱は、本帖が加賀前田家に伝来した際に、五十嵐派の蒔絵師によって制作されたと考えられるもので、一八世紀の漆工芸品としても貴重であり、併せて保存を図ることとしたい。