山之口の文弥人形 やまのくちのぶんやにんぎょう

無形民俗文化財 / 九州 

宮崎県
指定年月日:19951226
保護団体名:山之口麓文弥節人形浄瑠璃保存会
備考:
重要無形民俗文化財

 山之口の文弥人形は、文弥節浄瑠璃を地とする一人遣いの人形芝居である。
 「文弥節」とは、延宝【えんぽう】~元禄【げんろく】頃大坂の伊藤出羽據座【いとうでわのじようざ】で活躍した太夫「岡本文弥【おかもとぶんや】」の創始したとされる浄瑠璃で、義太夫節以前の古浄瑠璃の一つである。その感傷的な節付けで「泣き節」「愁【うれ】い節」ともよばれ、『竹豊故事【ちくほうこじ】』(宝暦六年刊)に「伊藤出羽據座の文弥節は諸国の浦々隅々迄もはやり、遠国辺土【おんごくへんど】の西国巡礼の衆中、京都にては御内裏様、大坂へ来ては出羽據の芝居を見て帰らねば西国したる甲斐もなく、死ては閻魔大王の前にて言訳の無様【なきよう】に有難がつて持賞【もてはや】しける」とあるように、一時は全国に流行したが、十八世紀後半以降は次第に義太夫節に押されて衰退した。
 近世の山之口は、薩摩藩領の北端に位置しており、藩境警備の番所が置かれて郷士【ごうし】集団がその守備にあたっていた。山之口の文弥人形は、参勤交代の際にこの郷士たちが京・大坂で習い覚えて伝えたと伝承されており、その後も郷士集団およびその後裔により管理・継承されてきたといわれている。
 文弥節として伝承されている演目としては、「出世景清【しゆつせかげきよ】」、「門出八嶋【かどでやしま】」の二曲であるが、ほかに「間狂言【まきようげん】」とよばれる「太郎【たろう】の御前迎【ごぜむけ】」、「東嶽猪狩【ひがしだけのししがり】」や、「娘手踊【むすめておどり】」といった間【あい】の物【もの】も行われる。このうち間狂言は、山之口の方言で演じられ…

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