神雄寺跡 かみおでらあと

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社寺跡又は旧境内 / 奈良  平安 / 近畿 

京都府
8世紀中頃~9世紀初頭
京都府木津川市
指定年月日:20150310
管理団体名:木津川市
史跡名勝天然記念物

神雄寺跡は,木津と奈良の平野部を画する奈良山(ならやま)丘陵の北東端に位置する8世紀中頃から9世紀初頭に営まれた山林寺院である。発掘調査の結果,天神山(てんじんやま)丘陵南斜面に,流路と建物5棟,井戸1基などが検出された。丘陵裾部には平坦面を造成して,須弥壇(しゅみだん)をもつ礎石建(そせきだ)ちの小型の仏堂と方一間の小型の多重塔(たじゅうとう)もしくは多宝塔(たほうとう)が建てられた。谷部には,仏堂と中心軸を合わせて東西3間,南北2間の掘立柱(ほったてばしら)建物の礼堂(らいどう)及び流路が配置された。これらの建物は8世紀中葉に建立され,塔のみが10世紀まで存続したが,他は9世紀初頭までには廃絶した。谷部の流路からは,5,000点以上の灯明皿(とうみょうざら),少なくとも上二句が『万葉集』に所収されたものと一致する歌が書かれた歌木簡,楽器,彩釉(さいゆう)山水陶器,緑釉及び三彩陶器,墨書土器などが出土した。これらの遺物からは,歌の詠唱を伴う儀式や燃灯供養(ねんとうくよう),悔過法要(けかほうよう)などの仏教儀礼が行われたと考えられる。また流路からは,神雄寺と書かれた墨書土器が多数出土し,文献には認められないが,寺の名称は「神雄寺」であり,「かみおでら」のほか「かんのうでら」,「かんのうじ」,「じんゆうじ」,「かむのをでら」などと呼ばれていたと考えられる。神雄寺跡は遺構と遺物が良好に遺存しており,そこで行われた仏教儀礼の在り方を知ることができる全国的にも稀な寺院跡であり,奈良時代の仏教の展開を考える上でも重要な遺跡である。

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