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老婆の像

ろうばのぞう

概要

老婆の像

ろうばのぞう

油彩画 / 大正 / 富山県

改井徳寛  (1895~1951)

かいとくかん

大正期

板・油彩

縦22.7㎝×横15.8㎝

1枚

富山県高岡市古城1-5

資料番号 3-01-02-8

高岡市蔵(高岡市立博物館保管)

改井徳寛による油彩画である。
画面には、胸から上の老婆の肖像が描かれている。
肖像は正面ではなく、少し斜め向きに描かれている。
右下に「T.KAIE」と作者のサインがある。
絵の裏面には、「8-ロ」「老婆の像」「改井徳寛作」と書かれている。

【改井徳寛(かいとくかん)】 明治28年(1895)~昭和26年(1951)
本名は佐藤徳憲、号は改井徳寛・鵜の木徳寛など。
明治28年(1895)射水郡大門町大門新に生まれる。
大正2年(1913)富山県立工芸高等学校図案科を卒業し、東京美術学校へ入学。岡田三郎助・和田三造らに師事。同6年、高岡にて村井盈人・桑島暮山と富山県最初の洋画団体「北国洋画協会」を結成し、高岡商工会議所で作品を発表。同7年、東京美術学校を卒業し、市立高岡高等実科女学校の絵画教師となる。同9年、仙台出身の佐藤ふじと結婚して佐藤姓となる。愛知県に移り多治見陶磁器学校に務める。同12年より名古屋松坂屋に勤務し、東海美術展の審査員を務める。
昭和6年(1931)東京へ移り大森区大森に居住。同11年、日本美術学校助教授に任命される。高岡市桜馬場通りの商品陳列所で個展開催。構造社が解散し、新構造社創設に関与する。同13年、大森区久ケ原より鵜の木に転居。近所には詩人の翁久允・漆芸家の木村天紅・金工家の鈴木幸平ら富山県関係者が居住。同26年、高岡産業博覧会美術展に出品するなど、東京・富山で個展を展開し地方洋画の振興に尽くした。享年54。
『高岡市制100年記念「高岡三代名作美術展目録」』高岡市立美術館,1989
『郷土の美術 近代洋画のあゆみシリーズ「高岡近代洋画の先覚者たち」』,高岡市立美術館,1991
『とやまの洋画史 入門編』富山県立近代美術館,2005

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キーワード

学校 / 洋画 / 高岡 /

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