思邈僊窠図(しばくせんかず)

日本画 

富岡鉄斎 (1836-1924)
トミオカ、テッサイ
大正12年/1923
墨画淡彩・紙本・軸・1幅
153.5×40.0
左上に自賛、年記、落款、印章

9
思●僊●図(しばくせんかず)
Cave of Hermit ""Sun Sihーmao""
1923年
紙本墨画淡彩・軸 153.5×40.0cm
孫思●は華原(陝西省耀県)の人。唐の682(永淳元)年に100余歳で没したといわれる、医家であり、神仙家である。幼時から読書を好み、老荘思想にも深く通じ、隋や唐の時代には天子からも召されたが仕えることもなく、太白山の山中の岩穴に住んで、医術をもって人を助けたという。また書物も数多く著し、なかでも『千金万』30巻は当時の代表的医学書として有名である。鉄斎の80歳代は、もはや何ものにもとらわれることなく、自らの信ずるところのままに絵筆をとっては次々と傑作を生み出していった、きわめて充実した時期にあたる。思●の隠棲のさまを描いた本図も、落款からわかるように鉄斎88歳の最晩年の作であるが、そのためらいのない豪放な筆さばきや独特の賦彩が、画面上部の賛とあいまってつくりだす世界は、晩年の鉄斎が到達した境地をよく示している。

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  • 1923年
    紙本墨画淡彩・軸 153.5×40.0cm
    孫思●は華原(陝西省耀県)の人。唐の682(永淳元)年に100余歳で没したといわれる、医家であり、神仙家である。幼時から読書を好み、老荘思想にも深く通じ、隋や唐の時代には天子からも召されたが仕えることもなく、太白山の山中の岩穴に住んで、医術をもって人を助けたという。また書物も数多く著し、なかでも『千金万』30巻は当時の代表的医学書として有名である。鉄斎の80歳代は、もはや何ものにもとらわれることなく、自らの信ずるところのままに絵筆をとっては次々と傑作を生み出していった、きわめて充実した時期にあたる。思●の隠棲のさまを描いた本図も、落款からわかるように鉄斎88歳の最晩年の作であるが、そのためらいのない豪放な筆さばきや独特の賦彩が、画面上部の賛とあいまってつくりだす世界は、晩年の鉄斎が到達した境地をよく示している。
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