五絶 ごぜつ

権利者:高岡市立博物館蔵

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広瀬旭荘 (1807~1863)
ひろせきょくそう
江戸後期
紙本・墨書
縦134.6cm×横52.4cm
12
富山県高岡市古城1-5
3-02-27
高岡市蔵

豊後国(現大分県)の漢詩人・広瀬旭荘の漢詩(五言絶句)。元は六曲一双の屏風。
全幅共通で本紙左下に落款「旭荘」とあり、白文方印「広瀬/謙印」と朱文方印「梅墩」と印章がある。紙本墨書

広瀬旭荘は、豊後国日田(現大分県)出身の漢詩人、儒学者。名は謙、字は吉甫、通称は謙吉、号に秋村、旭荘など。兄・淡窓の末弟。一時、子のない淡窓の養子となり、私塾・咸宜園を経営するも、1836年に日田を離れ、泉州(大阪府)堺に塾を開いた。後に大坂・江戸・北陸を巡遊、各地の名士と詩文の交友を結んだ。1860年来越した際に詠んだ七言絶句「越中嘱目」は、今も愛誦されている名吟である。中でも詩作を得意とし、「東国詩人の冠」と称えられた。
津島北渓『高岡詩話』(1860年)には、旭荘が高岡の文人たち(津島北渓・土肥松軒、逸見文九郎など)と盛んに交流したことが記される。また牧野村東弘寺にも滞在し、五十嵐篤好とも交流した(参考:コトバンク/2020年11月19日アクセス)

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