『言霊真澄鏡』壱(写本) ことだまますかがみ いち しゃほん

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文書・書籍 / 明治 / 富山県 

五十嵐篤好著、五十嵐政雄写 (1794~1861)
いがらしあつよし いがらしまさお
富山県高岡市
江戸時代後期(明治10年写)
紙・和装本(大和綴)・写本
24.4×18.0(半紙本)
1冊(墨付23丁)
富山県高岡市古城1-5

 越中砺波郡内島村(現高岡市内島)の十村(加賀藩の大庄屋)・国学者・歌人などとして多彩な業績を残した五十嵐篤好(1)の著書の写本である。筆写者は篤好三男の政雄(2)。
 表紙中央には「真澄鏡 壱」とあるが、巻頭首題が「言霊真澄鏡」とあるので、それを資料名とした。右下には朱文方印「雉岡舘」とある。「雉岡(ちこう)」は篤好の号の一つであるので、蔵書印と思われる。巻頭首題には「中村先生(孝道(3))口授/望月先生(幸智(4))伝/五十嵐篤好筆記」とある。
 見返しには明治10年(1877)7月の政雄の文があり、本書の概要を記す。本書は篤好が言霊学の師望月幸智の教えを元に記したものという。文政11年(1828)に篤好は幸智が富山藩布瀬十村高安定重邸に来た際に言霊学について教えを乞うている。次の頁には言霊学の音声表「真澄の鏡」がある。13丁裏から「名言結の三種」が記される。

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《注》
※1【五十嵐 篤好】いがらし あつよし
1794・1・17~1861・3・5(寛政5・12・16~万延2・1・24)
国学者・歌人・十村役・農学者。砺波郡内島村(現高岡市)の十村五十嵐之義の長男として
生まれる。通称小豊次,のち孫作。号は臥牛斎・雉岡など。少年時,石黒信由に算学を学ぶ。19歳で十村役を襲ぎ,舟倉用水開削などに功績があったが,加賀藩政策上の処置で1819年(文政2)能登島に流刑された。やがて十村役に返り咲き砺波郡総年寄役にも任命された。『高免考』以下数冊の農政書を著述。富士谷御杖・中村孝道に国学・言霊学を学び独学で書道史を研究,『言霊旅暁』『本朝墨談』そのほか多くの国学・歌学の著述をした。農民の困窮を救うため奔走した努力がかえって藩に嫌われ,38年(天保9)と58年(安政5)には謹慎処分を受けたが,ひるまず,烈々たる農民魂を持ち続けた。公務で金沢出張中に中風で病没。享年69歳。『ふすしのや詠草』全12冊に5700余首の和歌を残すが,万葉調の力作が多く,越中第1の歌人・国学者であった。〈広瀬 誠〉
(「富山大百科事典[電子版]」平成29年6月16日アクセス)

※2【五十嵐 政雄】いがらし まさお
1850・7・26~1934・1・6(嘉永3・6・18~昭和9・1・6)
県議会議員。篤好の三男。幼名は孫六、号は和絃。篤好の長男豊生(とよなり)の養子となって家を継いだ。幼年より国学を加賀藩士狩野金吾に、剣術を永尾藤七郎に学んだ。17歳のとき、藩から堤防勢子役を命ぜられ、21歳で金沢県宣教講義出仕。明治5年6月、第15大区戸長、同7年12月、第5大区第6小区戸長、新川県学区取締役となる。同12年、立野村外22ヶ村戸長、14年4月から15年5月まで、15年6月から16年3月まで、16年4月から同年5月までの3回、石川県会議員、16年7月から18年12月まで富山県会議員。20年には射水郡書記、富山県属の発令があったが、辞任して受けず、22年に村会議員、23年1月から同2月まで、23年3月から25年5月まで、25年7月から27年6月まで県会議員に選出され、その間4回常置委員となった。さらに32年9月、郡会議員となり、35年から大正5年まで大沢野町開墾排水会社取締役として開発に尽した。晩年は『富山県政史』編さん委員として活躍した。その他鉱山開発にも関心を寄せた。和歌・南画・国学にも造詣が深かった。享年83。政党は立憲自由党、のち憲政党県役員となり、また立憲政友会に属した。
(『富山県議会史』第2巻、昭和54年、富山県議会編纂、富山県議会事務局発行、p880-881)

※3【中村 孝道】なかむら こうどう
江戸時代後期の国学者。
周防(すおう)(山口県)の人。幕府につかえ,天保(てんぽう)5年(1834)刊の「言霊或問(ことだまわくもん)」や「言霊聞書(ききがき)」などをあらわした。通称は主計。号は産霊舎。私塾の名でもあった産霊舎には門人200名が集い、教勢は北陸・姫路・大坂・江戸等へ拡大した。
(HP「講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plus」2019年10月4日アクセス)

※4【望月 幸智】もちづき こうち
生没年未詳
言霊学者。代々近江国甲賀郡油日村で医者を務めた家の生まれ。通称は内記。山口志道、中村孝道の言霊学を継承。天津金木学、日本言霊学を大成した。五十嵐篤好や孫の大石凝(ごり)真素美(1832-1913)に言霊学を伝授した。

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