沼四題 小鰕網
ぬまよんだいこえびあみ
概要
江戸で生まれる。1880年頃から本多錦吉郎の画塾で洋画を学び、日本画も独習した。1893年に茨城県牛久村に帰り、農業に従事。各種新聞雑誌に農民を主題とした風刺的な漫画や挿絵を描く。1917年に日本美術院同人に推され、以後院展に湖畔や田園を主題にした日本的な郷愁を誘う作品を発表する。農本主義的思想から農画工と自称し、「河童の芋銭」という異名のとおり河童をはじめとする不可思議な生物たちの生態を水郷の生活伝承にあわせて表現し、独特の幻想世界を創造した。 1922年の院展に出品された《沼四題》は、大正期の芋銭の代表的な作品で、〈檜原〉〈泥鱒打〉〈家鴨小屋〉〈小鰕網〉の四つの異なる主題を扱っている。〈小鰕網〉は四題のうちで内容的にも色彩的にももっとも多彩な作品である。老若男女が煙をたなびかせる焚火にあたり、その後ろでは捕りたての小鰕がむしろの上で天日干しされ、沼では捕れたての小鰕を乗せた舟が戻ってくる。前景には葉を落とした木々がまるで妖怪のような姿を見せている。春山武松は院展評で《沼四題》について「遺憾なく自らの境地を示してゐるが、其枯淡なる筆致と、其単純なる表現とを、静かに味はふ時は、尽きざる興趣が湧くのを覚えるであらふ」と記した。(F.H.)