紙本著色八橋図〈尾形乾山筆/〉
概要
本作品は、『伊勢物語』という歌物語(全125段)の第九段を典拠とするものである。『伊勢物語』は、ある貴族の一生を和歌と短い文章によって表したもので、遅くとも11世紀初めには成立していたと考えられている。第九段は、都から追い出された主人公の一行が、八橋という土地に咲いた杜若を見て都に残してきた妻を思いだす和歌を詠み、皆で涙するという内容である。画面には、土地を暗示する橋と場面の重要なモチーフとなる杜若が描かれ、その余白に、第九段の和歌と文章の一部が書きつけられる。
作者は、我が国陶芸史上に偉大な足跡を残した尾形乾山(1663~1743)である。乾山は、江戸時代を代表する画家の一人尾形光琳の弟で、絵画性と意匠性に富んだ、従来にない陶器を制作したことで知られる。その才能は陶器制作に留まらず、兄光琳の画風を慕いながら、陶器の絵付けを思わせる独特の趣を持つ絵画作品も残した。本作はその乾山の資質がいかんなく発揮された作例で、杜若と橋を描く筆致はのびのびとして律動感があり、線描の単純さは絵でありながら書のような味わいを持つ。書は絵の余白を満たして水紋のように感じられ、白い紙地に広がる絵と書が渾然一体となり、独自の境地を作り出している。乾山の絵画の中でも定評があり、詩歌を愛した乾山らしさの横溢する極めて貴重な作例である。
なお、款記には「紫翠深省寫之」とあり、白文「習静堂」印と白文「深省」印を伴う。