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銹絵観鷗図角皿

さびえかんおうずかくざら

概要

銹絵観鷗図角皿

さびえかんおうずかくざら

陶磁 / 江戸

尾形光琳・深省合作

江戸時代・18世紀

陶製

高2.9 径22.2

1枚

銘文:「寂明光琳(花押)」 ; 「大日本国陶/者雍州乾山/陶隠深省製/于所居尚古斎」(銹絵銘)

重要文化財

 高さ3㎝ほどの縁を持つ正方形の皿です。型に粘土を当てて形をつくり、表面に白い色の化粧土(けしょうつち)を塗った上から、銹絵(さびえ)、つまり鉄分が多く含まれる絵の具で絵付けをし、さらに透明な釉薬をかけて焼かれています。縁には花や雲の文様が描かれ、あたかも額縁のよう。中央の画面には、たわむれる2羽の鳥を水辺から見る中国ふうの服装をした人物が、淡い褐色の線で描かれます。この絵は宋時代の詩人、黄庭賢(こうていけん)が、2羽の鷗(かもめ)を見ている情景と考えられています。空を舞い水に漂う鷗に、詩人は自由な生き方や精神を重ねたのでしょうか。余白を大きく取った構図や、水墨画を思わせる軽やかな筆の運びは、一幅の絵画を見るかのような、豊かな情感をただよわせています。画面の左下には、筆者による「光琳画」のサイン。江戸時代を代表する京都生まれの画家、尾形光琳が筆を振るいました。
 軽妙な表の絵に対し、裏側にはしっかりとした書体の銘文が記されます。尾形光琳の弟、深省(しんせい)が記したものです。文の内容から、器を深省が作り、絵を光琳が描いたことがわかります。深省は「乾山」(けんざん)の名のほうが、よく知られているでしょう。尾形深省こと乾山は、京都に窯を開いて陶器を製作し、陶器や漆芸品など工芸品のデザインにも関わりました。光琳・乾山兄弟はこの皿のように、しばしば焼き物の作品を共同制作しています。
 尾形光琳・乾山兄弟は、江戸時代18世紀の京都文化、ひいては日本文化の発展に大きな役割を果たしました。その芸術活動はのちに光琳の琳の字をとって「琳派」(りんぱ)と呼ばれ、高く評価されたのです。

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