倶録喜(画帖)
全39葉
概要
興味をそそるモチーフが見つかると、画家は執拗にその対象を描くものだ。鹿子木孟郎の留学時代のスケッチ類を見ていると、画家の根気強さというものに驚いてしまう。
ブルターニュの旅で、彼は牛のスケッチを百十一枚残している。パリでは空ばかり見て、雲と陽光が織り成す陰影を繰り返し描いた。彼にとっては三回目のフランス留学であった。
鹿子木孟郎は線の画家である。彼の得意とした幾つかのモチーフ、例えば樹木や岩などは、複雑な自然界の線によって構成されている。この線を再構築する際に、画家は美術学校で教わった明暗法を応用した。
物の凹凸に真実性をもたせる影、きつく光線があたり物の形が消える瞬間、そして陰影と光の間で物が輝く時間、しだいに光陽が少なくなる黄昏時のハーフ・トーン。明暗法はそうしたものの処理に役立つ。このスケッチ・ブックは画家自身によって、具録喜と命名された。スケッチを意味するフランス語のクロッキーを漢字に置き換えたものだ。
ブルターニュ地方独特の衣装で牧場に立つ少女は、サボと呼ばれる大きな木靴を履いている。鹿子木の線は素朴ではあるが、美しい少女の姿を的確に捉えている。簡単に彩色された巧みな線描。スケッチ・ブックを見る楽しみのひとつは、画家の筆の勢いを見つけることだ。(荒屋鋪透)