絵葉書「高岡市街(名木七本杉通り)」
えはがき「たかおかしがい(めいぼくしちほんすぎどおり)」
概要
高岡市末広町通りにあった七本杉を中心に駅方面を写した写真絵葉書。道路の右側には和洋菓子店の看板など、いくつかの商店が軒を連ねている。これらの店舗は木津太郎平邸跡で、七本杉伐採(昭和2年11月26日)の年に木津邸が後方に移動して造設されたものである。下部には青字で「高岡市街(名木七本杉通り)/棚田書房発行」とある。未使用。
<高岡の七本杉>
欽明天皇(531~562)の頃に植えられたものとされ、根元から七本の枝が天に向かって伸びていたため「七本杉」と呼ばれた。古来より人々の間では大木には神霊が宿り、うっそうと茂る杉枝の上には天狗がいるともいわれた。七本杉は、樹齢千数百余年・高さ38m・周囲18m(20mとも)の巨木であったともいわれ、御神木ともされた。明治31年(1898)には高岡駅(当時は射水郡下関村)が新設され、現在の駅前の末広町通りは交通の要路となっていくが、枯れて倒壊の恐れもあった。七本杉は交通や市街地化の妨げになってきたため、昭和2年(1927)11月18日の式典を経て26日までに伐採された。伐採の請負業者は高岡市定塚町の材木商・河原外吉。またこの七本杉は全国銘木類抄にも掲載され、明治44年(1911)、七本杉は全国一の古木であることが立証されている。
〔『高岡史話-庶民の歴史-』上巻(高岡史談会、1964年)、和田一郎著『末広町史』(1980年)〕