永保寺庭園 えいほうじていえん

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名勝 / 中部 

岐阜県
多治見市虎渓山町
指定年月日:19690412
管理団体名:
史跡名勝天然記念物

S43-6-093[[永保寺]えいほうじ]庭園.txt: 永保寺の仏殿にあたる中心建築観音堂(水月場と称する)の南面にひろがる池を主体とした庭園であって、正和3年(1314)無窓疎石が開創のあと、観音堂(古くは観音閣)の建立に伴う寺域の整備に際して築造されたものと認められる。
 観音堂の西に接してそばたつ岩山(梵音巌)から岩壁づたいに瀑をかけ、その真下に地形に応じて池を設け、2島を置く。堂の正面、その中軸線上に虹形の亭橋(無際橋と名づけられる)を架け、池を二分する。これらの境域は、その北と西とを長瀬山の丘陵に囲まれ、東と南とは土岐川の曲流に接しており、それ自体景観のすぐれた自然地形をもっている。西の山腹にある座禅石の地点からは庭園一帯の風光を[[一眸]いちぼう]のうちに[[俯瞰]ふかん]することができる。
 夢窓国師年譜にも「山水ノ景物ハ天図画ヲ開クノ幽致ナリ師ノ意甚ダ適ス」と記されている。これは、疎石の実甥で幼年のとき疎石をこの虎溪山の地に訪ねたことのある春屋妙葩(普明国師)の記述したものであり、疎石がこの景勝地を愛して庵居した事実を裏書きしているが、現在もその通りの境致を残している。
 石組や護岸などの作庭細部の技法には見るべきものはないし、また後世の改変の跡も認められはするが、わが国中世庭園文化史のうえで最も代表的な作庭家夢窓疎石の作風をよく伝えるものであり、特に当時の建物(国宝観音堂ならびに開山堂)とあわせ残されているものは当永保寺のみである。
 自然美を尊重し、これを利用して作られた室町時代禅宗寺院の庭園の代表的なものである。

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