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旧金石城庭園

きゅうかねいしじょうていえん

概要

旧金石城庭園

きゅうかねいしじょうていえん

名勝 / 江戸 / 九州

長崎県

近世

対馬市厳原町今屋敷

指定年月日:20070206
管理団体名:対馬市(平19・6・7)

史跡名勝天然記念物

対馬の厳原に所在する金石城跡は、対馬藩主宗家の執政の拠点として、17世紀後半に整備された城館の遺跡である。金石川沿いに開けた谷筋の最奥部に位置し、宗家墓所である万松院の傾斜面が西から迫り、墓所から清水山城跡へと連続する山域が北に控えるなど、照葉樹林に覆われた周囲の自然環境は良好である。
金石城跡の庭園は、城跡の敷地の西南隅部に位置する。戦後、厳原中学校の校庭の一画に巨大な景石を中心に整備された噴水の園池が存在したが、宗家文書の『毎日記』には元禄3年(1690)に「御城」の「心字池」の作庭工事が行われたことを伝える記事があり、校庭に残された園池の起源を示す記事として注目されていた。同時に、文化3年(1806)から翌年にかけて朝鮮通信使を迎えるために城内の整備が行われ、その際の作事に関する複数の図葉には城館の西南隅部に大規模な「泉水」が描かれていることから、中学校の校庭の施設として親しまれてきた園池との関係も指摘されてきた。
金石城跡は平成7年(1995)に史跡に指定され、平成9年(1997)から平成16年(2004)にかけて、史跡の整備事業の一環として園池の発掘調査が行われた。その結果、中学校の施設であった園池の巨石の多くは、江戸時代の金石城庭園の築山に据えられた景石をそのまま踏襲するものであり、その北側には中島を擁する大規模な泉水が造営されていたことが判明した。また、泉水の造成に当たっては、漏水を防止するために版築工法による底打ちを行っているほか、特に中島に架かる石橋の周辺など見所となる部分には、対馬地方に固有の石英斑岩から成る白色の風…

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キーワード

/ 城跡 / / 整備

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