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徳島藩松帆台場跡

とくしまはんまつほだいばあと

概要

徳島藩松帆台場跡

とくしまはんまつほだいばあと

史跡 / 近畿 / 兵庫県

兵庫県

淡路市

指定年月日:20060728
管理団体名:淡路市(平20・4・24)

史跡名勝天然記念物

松帆台場跡は、幕末、大阪湾防衛計画の一環として、瀬戸内海上交通の要衝である明石海峡の防備を目的として、徳島藩によって淡路島最北端に築造された砲台である。安政5年(1858)着工、文久元年(1861)までの4箇年に亘り工事が進められた。台場は、海側に三角形の突出部が2基並んだM字型を呈し、東側に目隠し土塁が延び、堡塁内部には火薬庫、弾薬庫、調練場等の施設が設けられた。台場の南側には、台場からの砲撃力が及ばない海上の敵を迎撃するため、御備船(バッテラー)という小型高速船を係留する港湾施設である松帆湊が築造された。湊は安政6年に着工、文久2年には湊内の掘削と係留岸壁の工事が完了するなどほぼ完成をみた。発掘調査によれば、湊は風化花崗岩の岩盤を掘削して岸壁を造り出し、北東辺が約43m、南東辺が約41.5 mの平行四辺形に近い平面形を呈し、深さは約4mであったことが判明した。幕末開国期の欧米列強の軍事的緊張のなか明石海峡防備のため造営された松帆台場跡は、当時の我が国の政治・外交を知る上で欠くことのできない重要な遺跡である。

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