牛根麓稲荷神社の埋没鳥居 うしねふもといなりじんじゃのまいぼつとりい

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天然記念物 / 九州 

鹿児島県
 大正3年(1914)1月の桜島火山大噴火は,大量の軽石・火山灰を放出し,大隅半島側に厚く堆積した。牛根麓も被害は甚大で,道路田畑には約90~120㎝の降石灰が堆積し,松ヶ崎小学校校…
鹿児島県垂水市牛根麓675-1
垂水市指定
指定年月日:20120209
記念物

 天正2年牛根城(入船城)が落城し,安楽備前守兼寛より城明け渡しを受けた島津義久は,部下の伊集院魯笑斉久道を牛根郷の地頭として治めさせた(久道の治世は長くはなく,4~5年で伊集院の石谷へ所換えした。後に鎌田政年(寛栖)が赴任)。
 久道は民心を慰撫し島津の権勢を誇示するため,島津氏の氏神である稲荷神社を創建したとされる。「三国名勝図会」によると,「天正二年甲戌九月十三日,地頭伊集院魯笑齋久道,創建せしこと,棟札に見えたり」とある。
 神体は久道が奉納した掛け軸であったと言われているが現存していない。また伊集院久道が牛根城にあった荒神を降ろして合祀したとも言われている。
 牛根神社帳によると「祭日九月十三日と十一月二十八日神供三膳,神楽内侍舞神社四敷二間,上家茅葺,鳥居石高一丈一尺五寸,向拝より八間」とある。
 しかし,大正三年の桜島大爆発の降灰により埋没し,現在は約1.45mまで掘りだしたこの鳥居が現存するのみである。社殿の一部には月輪の石灯籠(寛政六年竹下金蔵奉寄進)がある。神楽等の踊りが盛んで大変にぎわったものだ,と古老達は話していたと言う。

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