二条大路木簡
にじょうおおじもっかん
概要
二条大路木簡は、平城京跡左京三条二坊八坪と二条二坊五坪の間の、二条大路の路面上に掘られた東西に長い濠状遺構から出土した木簡群で、総計七万四千点に上る。時期は736年前後が中心である。その内容は平城宮木簡と似た公的な色彩が多く、警備を担当した左右兵衛府や中衛府の木簡など、光明皇后の皇后宮に関わる木簡が大部分である。これに加え、当時兵部卿、左右京大夫だった藤原麻呂の家政機関に関わる一群もある。これらの発掘成果によって、左京三条二坊の旧長屋王邸が740年の恭仁遷都までの一時期に皇后宮になったこと、左京二条二坊五坪に麻呂邸を想定する根拠にもなった。