旧堀氏庭園 きゅうほりしていえん

名勝 / 中国・四国 

島根県
鹿足郡津和野町
指定年月日:20050714
管理団体名:津和野町(平23・4・11)
史跡名勝天然記念物

堀氏は、近世初期から近代にかけて、笹ヶ谷銅山などの採掘に従事した銅山師の家系である。特に、第9代堀藤十郎伴義(1739〜1806)は笹ヶ谷銅山の経営における堀氏の主導的な地位を築き、津和野の白石川沿いに主屋をはじめ堀氏住宅の主要建築群を建造した。また、第15代堀藤十郎礼造(1853〜1924)は近辺の鉱山を次々と購入して経営を拡大し、「楽山」と号して主屋の隣地に数寄屋建築や庭園を構えたほか、その近辺に鉱山開発に関わった労働者や住民のための病院などを整備した。
旧堀氏庭園は天明5年(1785)建造の主屋に南面する枯山水庭園のほか、明治33年(1900)建造の数寄屋建築「楽山荘」とその庭園の「楽山園」、大正4年(1915)に白石川対岸の傾斜地に石組みを施して築造した「和楽園」と養魚池、明治末期から大正時代に堀氏が建設した畑迫病院の外構造園を含む計4箇所の園地から成る。
主屋の庭園は書院に南面する前庭部を土塀で囲み、庭門から書院沓脱を経て矩折に飛石を打ち、その周囲に石組みや置燈籠、灌木の植込みなどを配置した簡素で小規模な枯山水庭園である。江戸時代に定着した書院前庭の定型を示し、主座敷の付書院付近に位置する視点からの正面性を活かした意匠・構成となっている。
これに対し、近代に造営された楽山荘と楽山園、及び対岸の和楽園では、それぞれ高低差のある地形を巧みに利用して、変化に富んだ多彩な景観構成を生み出している。特に楽山園では、背後の山域に堀氏が拓いた銅山の坑口から水を引き、離れ落ちの形式をもつ2段の勇壮な滝石組を築くほか、池辺の飛石に沿って雪見灯…

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