躬恒集
みつねしゅう
概要
『躬恒集』は、『古今和歌集』の撰者、三十六歌仙の一人として著名な凡河内躬恒(生没年未詳)の家集である。その成立は平安時代中期と考えられている。
本帖の体裁は小型の綴葉装冊子本で、表紙は後補石畳花文錦を装し、金銀切箔金銀砂子雲霞引きに笹の型文様の下絵を施した後補の料紙を見返しに用いている。本文料紙は雁皮紙で、本文は半葉九行前後に、和歌は一首二行書、詞書はおよそ一字下げに書写されており、文中、わすかに墨書校合がみられる。上下二巻を一帖に収め、巻頭の「躬恒集上」(第二丁裏)の首題、「躬恒集下」(第二一丁表)の内題以下、計三二八首を完存する。
その筆跡は、巷間に伝西行筆として知られる。字形は整斉にして筆力があり、やや長めの連綿を交えながら書写している。添状の宝永二年(一七〇五)霜月上旬古筆了仲折紙は西行筆と鑑しているが、国宝『一品経懐紙』中の西行自筆の薬草喩品などと比較すると、同筆とは認められず、筆跡等よりみて、平安時代後期に能書の手によって書写されたものと考えられる。
『躬恒集』は伝本の種類が多く、一般に、(一)-一甲本系、(一)-二光俊本系、(二)内閣文庫本系、(三)-一乙本系、(三)-二丙本系、(四)西本願寺本系、(五)歌仙家集本系の五類七系統に分類されている。本帖は、このうち第五類本の歌仙家集本系に属する。第五類本の内容は、正保版歌仙家集本によって広く一般に流布し、『私家集大成』『続国歌大観』などにも翻刻されているが、本帖の存在は、この系統本の原型が、すでに平安時代後期に成立していたことを明らかにしている。
『躬恒集』で平安時代にさかのぼるものは、本帖のほかに、国宝『西本願寺三十六人集』のうちの第四類本(平安時代後期写)一帖、冷泉家時雨亭文庫所蔵第一類甲本系(藤原定家筆外題、平安時代後期写)一帖、同所蔵第三類丙本系(平安時代後期写)一帖である。
なお、原裏表紙表(裏表紙中)の修補奥書によれば、宝永二年十一月七日に「御本丸経師桜井左近」が老中本多伯耆守正永(一六四五-一七一一年)の依頼で修理したことが知られ、本帖の伝来を考えるうえで注目される。
本帖は歌仙家集系統本の現存最古写本であり、かつ伝西行筆といわれる優れた筆跡をもつ平安時代後期の写本として、国文学・書道史研究上に価値が高い。
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