尾崎神社鋳鉄製扁額
おさきじんじゃちゅうてつせいへんがく
概要
昭和19年ごろ戦火を逃れるため、高幡山の崖に大きな防空壕を作り、扁額、宝剣、神輿等を保管した。
戦後神輿は運び出されたが、大きくて重い扁額等はそのままになり、その後、防空壕が崩れ落ちたためそのまま地中に埋まっていた。
戦時中、金属供出を免れるため地中に埋められたものと推察される。昭和53年に公園を建設する際、整地中に地中から発掘された。
発掘された当時の扁額は全面が錆で覆われており、昭和53年10月及び平成元年10月に釜石製鐵所が錆落としと錆止めを行って再び同社に収めたという。