宇和島の牛鬼
うわじまのうしおに
概要
牛鬼は南予の祭礼に登場する顔は牛とも鬼ともつかない形相で、胴体は牛を、尻尾は剣をかたどった練物である。祭礼の中では神輿渡御の先導を務め、悪魔祓いをして地区内をまわる。牛鬼の登場する祭りは南予全域のほか、かつては、上浮穴郡にもあった。また、南予地方と隣接する高知県側にも分布し、その数は約150ヶ所にのぼる。牛鬼がいつ頃から祭礼に登場するようになったかは不明であるが、史料上は江戸時代中期以降、南予地方各地の祭礼に登場していることが確認できる。江戸時代中期には、全国各地で祭礼が賑やかになり、様々な趣向を凝らした山車・練物が登場するが、牛鬼もその時代の流れの中で、趣向を凝らして創出されたものと推測できる。なお、史実とは異なるが、牛鬼の起源伝承として、加藤清正が朝鮮出兵の際に敵を威圧するために用いたのが始まりであるとか、大洲太郎が赤布で牛鬼を作って敵を退治したなどと、様々な起源伝承が各地にある。
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愛媛県歴史文化博物館