安政二年卯七月より八月迄渡来之英吉利且又仏朗西船碇泊之図 あんせいにねんうしちがつよりはちがつまでとらいのいぎりすかつまたふらんすせんていはくのず

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絵図・地図 / 江戸 / 佐賀県 

佐賀藩
さがはん
安政2年/1855
紙本着色
縦61cm 横77cm
1舗
佐賀市松原2丁目5-22
公益財団法人鍋島報效会

佐賀藩が長崎警備のための蒸気船の入手・製造への動きを本格化し、雛形の製作などに取りかかる頃、長崎湾は嘉永7年(1854)に引き続きイギリス船が来航したことで、再び緊張に包まれた。この絵図は安政2年(1855)7月から8月にかけてイギリス船とフランス船が来航した際の警備状況を示したものである。イギリス船は7月10日入津の一番船から8月19日入津の拾二番船までの12艘、フランス船は8月18日入津の一番船と同月23日注進の二番船の2艘が、主に高鉾島東一帯に停泊している。これに対し検使船や公儀(幕府)の船が神崎周辺に、紺筋違い(角取)の旗で示された佐賀藩船は神ノ島東、長刀岩東、土井首、小ヶ倉周辺に備えられている。最も海峡が狭い神崎・魚見岳間では船を連結した張切体制がとられている。8月14日には、「今朝早目壱番船さてまた三番船に、頻りに蒸気相立て候、…よもや本船乗り入り候義にはこれ有る間敷、出帆にても御申し渡さる義にこれ有るべきや」と停泊中のイギリス船が蒸気を立てたことで緊張が走っている(公益財団法人鍋島報效会所蔵/鍋022‐279「蒸気船渡来録」8月14日条)。

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