相州鎌倉七里浜図 そうしゅうかまくらしちりがはまず

その他 / 江戸 

司馬江漢筆 (1747-1818)
しばこうかん
江戸時代、寛政8年/1796年
紙本油彩
95.7×178.4
2曲1隻
款記「西洋畫士 東都 江漢司馬峻 描写/S:a.Kookan/Ao:18./寛政丙辰夏六月二十四日」賛:大田南畝(文化8年)、中井董堂「昔掲城南愛宕廟 今帰廓北青山堂 泰西画法描江島 縮得烟波七里長」 

来歴:青山清吉(青山堂)→池長孟→1951市立神戸美術館→1965市立南蛮美術館→1982神戸市立博物館

参考文献:
・神戸市立博物館『まじわる文化 つなぐ歴史 むすぶ美―神戸市立博物館名品撰―』図録 2019
・神戸市立博物館特別展『コレクションの精華』図録 2008
・勝盛典子「プルシアンブルーの江戸時代における需要の実態について-特別展「西洋の青-プルシアンブルーをめぐって-」関係資料調査報告」(『神戸市立博物館研究紀要』第24号) 2008
・神戸市立博物館特別展『西洋の青』図録 2007
・神戸市立博物館特別展『司馬江漢百科事展』図録 1996
・塚原晃「社寺奉納洋風風景図における司馬江漢の制作意図」(『美術史』43(1) 1994)
重要文化財

今は二曲屏風になっていますが、本来は大画面の絵馬として、江戸・芝の愛宕神社に掲げられていました。宋紫石らに薫陶をうけて洋風画家として名声を確立しつつあった司馬江漢(1747〜1818)は、全国の社寺に12面の洋風画を奉納し展示させたが、そのうち現存しているのは本図を含めて2点しかありません。屋外に掲示されていたため、損傷や補筆が目立ちますが、躍動する海波、近景の浜辺から遥か遠くの富士山まで、ダイナミックに視点を誘うことで作り出される広大な空間と爽快な青空など、斬新な表現の数々を見て取れます。

画面上方に貼付されているのは、大田南畝と中井(董堂)敬義の賛で、この作品がは文化6年(1809)以前に愛宕神社からはずされたあと、書肆青山堂の所有に帰した旨を記しています。

【江戸の絵画】

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