高島藩主諏訪家墓所 たかしまはんしゅすわけぼしょ

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その他 / 江戸 / 中部 

長野県
江戸
長野県諏訪市・茅野市
指定年月日:20170209
管理団体名:
史跡名勝天然記念物

信濃国一宮諏訪大社の神職や諏訪の領主として古代以来の氏族である信濃国高島藩主の諏訪家代々の墓所である。諏訪頼水(よりみず)は,関ヶ原の戦いの際に徳川秀忠に従い信濃上田城を攻めた功で,慶長6年(1601)に諏訪の領地を与えられ初代高島藩主となった。以後,諏訪家は明治維新まで藩主を代々務めた。
頼水は寛永8年(1631)に,中世以来の諏訪氏の拠点である上原城近くに頼岳寺(らいがくじ)を開基して両親を葬り,頼水も父頼忠(よりただ)のそばに葬られた。2代忠恒(ただつね)は,慶安2年(1649)に菩提寺として温泉寺(おんせんじ)を高島城下に建立した。忠恒が江戸で没しても温泉寺に葬られるとともに,以降の藩主も江戸で死去しても温泉寺で葬られ,2代忠恒から8代忠恕(ただみち)までが葬られて明治維新を迎える。
頼岳寺の御霊屋(おたまや)は安政6年(1859)に再建されたもので,三部屋に分かれ,中央に頼水の父頼忠,右に母理昌院(りしょういん)の部屋があり,それぞれ宝篋印塔(ほうきょういんとう)と五輪塔(ごりんとう)を一対とする組み合わせである。左には頼水の部屋があり,安山岩製の石廟(せきびょう)が収められる。温泉寺の墓所は,基壇を含めて高さ約3mの石製墓標が並び,特に忠恒の墓標には,戒名の刻字部分は金泥,標身(ひょうしん)の継ぎ目には漆喰が充填されている。
以上のことから,近世大名の墓所の在り方を知る上で重要である。

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