彦根藩主井伊家墓所
ひこねはんしゅいいけぼしょ
概要
彦根藩主井伊家墓所は、江戸時代、譜代筆頭の大名である彦根藩主井伊家歴代の墓所である。井伊家は、初代直政が徳川家康に仕えて戦功を重ね、2代直孝の代に30万石の大名となって明治維新まで続き、歴代藩主のうち5人が6回の大老職となった。幕末の大老直弼は有名である。
墓所は、滋賀県彦根市の曹洞宗清凉寺、同東近江市の臨済宗永源寺、東京都世田谷区の曹洞宗豪徳寺の三箇所に所在する。 国許彦根の墓所として清凉寺、江戸表の墓所として彦根藩領世田谷の豪徳寺があり、歴代藩主以下、正室・側室、子息・子女等井伊家一族が葬られた。
清凉寺は、慶長7年、井伊直政の死去により墓所として創建され、初代直政、3代直澄、5代直通、7代直惟、8代直定、11代直中、12代直亮の歴代7藩主等が葬られた。
豪徳寺は、寛永年間に当地が彦根藩領に組み込まれたことから、江戸表における菩提寺とされた。2代直孝、6代直恒、9代直禔、10代直幸、13代直弼、14代直憲の6藩主等が葬られた。
4代藩主直興は永源寺南嶺慧詢に帰依していたため、側室とともに永源寺に葬られた。
江戸時代を通じて国許及び江戸表において形成・維持されてきた本墓所は、近世の大名の政治権力、墓制や信仰を知るうえで重要である。