菊池氏茶室(■(石偏に間)居)庭園
きくちしちゃしつ(かんきょ)ていえん
概要
建築家で茶室・庭園の研究者でもあった堀口捨己(ほりぐちすてみ)(1895~1984)が,建物と一緒に設計した庭園で,昭和40年(1965)に完成した。■(石偏に間)(かん)は谷川を意味し,■(石偏に間)居(かんきょ)とは谷川の流れに沿った静かな家のことを言う。庭園は茶室周りの露地と茶室北西の広場の2つの部分から成り,露地は内露地と外露地に分かれている。
中心となる内露地は,秋草の庭として造られ,小間前と広間前の空間から成る。小間前の空間は,外露地からの飛石が蹲踞(つくばい)を経て躙口(にじりぐち)まで続く。広間前の空間は,広間から見て外側左手に竹と栗を用いた縁が奥に向かって延び,縁の向こうには,なだらかに傾斜する築山が築かれている。築山にはススキ等の秋草が植栽され,その手前から右手奥へは流れが造られている。築山の裾部に低いマツ類を流れに沿うように配し,また築山の背後は竹垣で区切り,竹垣越しにカエデ類を並べる。茶室の北西に位置する広場は,元々の地形をそのまま活かした設計となっており,サクラ類のほか,様々な樹木が植えられている。
菊池氏茶室(■(石偏に間)居)庭園は,建物と庭園が一体となって趣のある空間を形成しており,造園文化の発展に寄与した意義深い事例である。