浮絵付き のぞきからくり うきえつきのぞきからくり

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陶磁 / 江戸 

歌川豊春・北尾政美(看板絵・中ネタ)
うたがわとよはる きたおまさよし
江戸時代/18世紀後期
本体:木、紙、ガラス/看板絵・中ネタ:紙本木版色摺
本体高さ26.7cm 39.7×39.2cm
1基 6枚
看板は歌川豊春画「阿蘭陀(おらんだ)雪見之図」、中ネタに新吉原の内外景、忠臣蔵七段目、四条河原夕涼、大名屋敷の5図と、北尾政美「東都両国橋夕涼之図」直視式のぞき眼鏡

来歴:1984神戸市立博物館

参考文献:
・岡泰正『めがね絵新考 ―浮世絵師たちがのぞいた西洋』筑摩書房 1992
・神戸市立博物館特別展『眼鏡絵と東海道五拾三次』図録 1982

箱の内側の1面にとりつけた絵画を、その反対側の面に装着したレンズから覗き込んで鑑賞する「のぞきからくり」(直視式のぞき眼鏡)の起源は、17世紀末期のヨーロッパで生まれた、映画の前身というべき娯楽で用いられた器具にありました。レンズの付いたカメラのような箱で、レンズを通して中に仕込まれた絵画を鑑賞します。その絵画は、わざわざレンズから覗き見るという行為によって「絵」を「現実の風景」として鑑賞者に「錯視」させる効果があり、さらに、その箱への外光の入れ方を変えることで、のぞき見る同じ絵を昼景・夜景に切り替えることもできました。18世紀前半までには、この器具は中国に伝わり、特に蘇州で線遠近法で描かれた風景画を鑑賞させる「西湖景」が登場したと考えられます。

日本では「唐繰」「からくり」と呼ばれることになるこの種の器具は、文献上には17世紀から登場しますが、これらは大津絵や六道絵、あるいは人形芝居を鑑賞させるものでした。西洋的な線遠近法を導入した「浮絵」をのぞかせる「からくり」については、1750年代の京都にまず現れますが、これには線遠近法による中国風景画(おそらく蘇州版画)を組み込んだ中国製「西湖景」からの影響が想定されます。江戸では、1763年の文献に、からくりで浮絵を見せる興行が行われていたことが確認できます。本資料はこのような屋外の興業用のものではなく、屋内で鑑賞する縮小版ですが、18世紀後半の江戸製浮絵付きからくりとしては唯一の現存例です。
黒漆塗りの箱に凸レンズをはめこんだのぞき穴、絵看板、日覆い、「大からくり」と記された袖看板などが装着されています。部品を使用の際に組み立てる仕組みで、6枚の絵が仕込まれた上部の箱を乗せて完成させます。それらの絵は、提灯や花火の部分を切り抜いて薄紙を貼り、背後から光をあてると夜景となる趣向の風景版画で。側面のひもを上下させ箱の中に1枚ずつ絵を落として鑑賞します。看板は歌川豊春画「阿蘭陀雪見之図」、中ネタに新吉原の内外景、忠臣蔵七段目、四条河原夕涼、大名屋敷の5図と、北尾政美の「東都両国橋夕涼之図」を加えています。諸図から考証して、からくりの制作は1770年代と推測されます。これらの「浮絵」は、1740年代の奥村政信らによる浮絵とは異なり、線遠近法の露骨な導入は見られなくなり、より自然な遠近表現で京都と江戸の名所風景が描かれています。

【江戸の絵画】

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