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讃岐遍路道
 大興寺道
 曼荼羅寺道
 曼荼羅寺境内
 出釋迦寺境内
 甲山寺境内
 善通寺境内
 根香寺道
 根香寺境内
 志度寺境内
 大窪寺道
 大窪寺境内

さぬきへんろみち
 たいこうじみち
 まんだらじみち
 まんだらじけいだい
 しゅっしゃかじけいだい
 こうやまじけいだい
 ぜんつうじけいだい
 ねごろじみち
 ねごろじけいだい 
 しどじけいだい
 おおくぼじみち
 おおくぼじけいだい

概要

讃岐遍路道
 大興寺道
 曼荼羅寺道
 曼荼羅寺境内
 出釋迦寺境内
 甲山寺境内
 善通寺境内
 根香寺道
 根香寺境内
 志度寺境内
 大窪寺道
 大窪寺境内

さぬきへんろみち
 たいこうじみち
 まんだらじみち
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 しゅっしゃかじけいだい
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 ねごろじみち
 ねごろじけいだい 
 しどじけいだい
 おおくぼじみち
 おおくぼじけいだい

その他 / 江戸 / 中国・四国

香川県

江戸

香川県高松市・坂出市・善通寺市・三豊市・さぬき市・観音寺市

指定年月日:20131017
管理団体名:高松市(平26・3・24),坂出市(平26・3・24),三豊市(平27・3・11),善通寺市(平27・3・11)、さぬき市(令3・6・21)、観音寺市(令7・12・16)

史跡名勝天然記念物

古来、西国三十三箇所、坂東三十三箇所等の各観音巡礼やそれらを模した写し巡礼と呼ばれる地域的巡礼及び各地の七福神や十三仏など、国内には多種多様な巡礼が存在しているが、四国八十八箇所遍路は、西国三十三箇所巡礼と並ぶ代表的な巡礼の一つである。四国八十八箇所霊場をめぐる遍路道は、四国4県にまたがる空海(謚号は弘法大師)ゆかりの寺社を巡る全長1,400キロメートルにも及ぶ霊場巡拝の道で、弘法大師の足跡を追体験する巡礼とされる。遍路道は古来より人々の往来や文化交流の舞台となり、沿道には数多くの石造物等の文化財が残されている。
 四国八十八箇所霊場を巡る遍路の始まりについては定かではないが、第49番札所浄土寺本尊の厨子には大永7年(1527)紀年銘で「辺路同行五人阿州名東住人」、元亀2年(1571)の第30番札所土佐一宮(現在の札所は隣接する善楽寺)の「四国中辺路身共只一人、城州之住人藤原富光是也」の墨書をはじめとする記載から、少なくとも16世紀には遍路という行為が行われ、四国内や他国からの遍路が訪れていることが分かる。文献史料上における寺番を付した八十八箇所の初出は、貞享4年(1687)に大坂在住の僧真念によって著された『四国遍路道指南』である。真念は幾度となく遍路を重ね、無料休息所としての遍路屋の設置や案内書の作成、道標の建立を行った。これ以降、遍路は一般の民衆にも徐々に普及し、四国遍路が広まった。その結果、実際に遍路を経験した人が書き記した「道中日記」や「納経帳」などが残され、当時の具体的な札所や遍路の動向などが知られるようになる。
 今回指定しようとするのは香川県坂出市から高松市にかけての、第81番札所寺院白峯寺から第82番札所寺院根香寺を結ぶ全長4.8キロメートルの道のうち、約2.2キロメートル(坂出市・高松市分ともに約1.1キロメートル)である。先述の『四国遍路道指南』には、「これより根香寺まで五十町、山路にして村なし、此間にいちの宮へのしるし石あり」と見えている。「しるし石」は白峯寺と根香寺の間から一宮寺(第83番札所)へ向かう道との三叉路に建てられていた真念建立の道標と考えられ、文献史料上はこの遍路道が江戸時代前期にまで遡ることが裏付けられる。
 この遍路道沿いには、道標10基、丁石43基、遍路墓1基、下乗石・灯籠・石仏など8基が確認される。道標等の刻銘を見ると、中務茂兵衛による明治期建立の道標のほか、道標を兼ねた天保9年(1838)の接待碑や文化11年(1814)の遍路墓、天保3年(1832)の石仏等、江戸時代後期のものが含まれる。また丁石は109メートル間隔で設置されていたもので、本来は50基あるはずであるが、このうち現在40基が確認され、元の場所から若干移動されているものが見受けられる。白峯寺門前を50丁、根香寺門前を1丁とする。道標には「しろみね道」と刻まれたものが2例あり、逆打ちの遍路のためのものである可能性がある。
 これら丁石・道標をはじめとする石造物の存在は、遍路道の道筋を裏付けるとともに、山中景観の枢要な構成要素となっている。また、道沿いの19丁目の国分寺への分岐点付近からは発掘調査の結果、礎石建物が検出され、世紀頃の庵や茶堂であったとみられる施設の存在もうかがえる。
 このように、遍路道は、官道や江戸時代の五街道とは異なり、広範囲にまたがる回遊式の巡礼道であり、民間に広く普及した信仰の道として貴重である。今回、香川県域の遍路道を讃岐遍路道と名づけ、遺構が良好に残存し、条件が整った範囲を史跡に指定し、保護を図ろうとするものである。

平成26年10月 追加指定・名称変更
 四国八十八箇所遍路は、西国巡礼と並ぶ代表的な巡礼の一つである。四国八十八箇所霊場をめぐる遍路道は、四国4県にまたがる空海(謚号は弘法大師)ゆかりの寺社を巡る全長1,400kmにも及ぶ霊場巡拝の道で、弘法大師の足跡を追体験する巡礼とされる。坂出市から高松市にかけての、第81番札所寺院白峯寺から第82番札所寺院根香寺を結ぶ約2.2kmの道は、道沿いに道標10基や丁石40基等が存在するとともに、発掘調査により19世紀頃の庵や茶堂と考えられる礎石建物が検出され、道筋とたたずまいが良好に遺存していることから、遍路道を旧国単位で4つに分割したひとつとして、讃岐遍路道の呼称を用い、讃岐遍路道根香寺道として平成25年に指定がなされた。
今回追加指定する遍路道は、讃岐遍路道のうち、第71番札所寺院弥谷寺から第72番札所寺院曼荼羅寺の間の道である。三豊市から善通寺市にまたがる約0.86mの区間で、道標や丁石の存在のほか、江戸時代の史料や明治時代の地図等により、道筋を確定できるとともに、道幅、路面等も大きな改変がなく良好に遺存することから、讃岐遍路道根香寺道に追加指定し、名称を変更しようとするものである。

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