摂州神戸海岸繁栄之図 せっしゅうこうべかいがんはんえいのず

木版画 / 明治 

長谷川小信(二代貞信) (1859-1886)
明治4年/1871年
木版色摺
各35.8×24.0
3枚続


来歴:池長孟→1951市立神戸美術館→1965市立南蛮美術館→1982神戸市立博物館

参考文献:
・神戸市立博物館『まじわる文化 つなぐ歴史 むすぶ美―神戸市立博物館名品撰―』図録 2019
・金井紀子「版画家・春村ただをとその作品について」(『神戸市立博物館研究紀要』第26号) 2010
・神戸市立博物館特別展『コレクションの精華』図録 2008
・神戸市立博物館特別展『居留地返還100周年記念 神戸・横浜”開化物語”』図録 1999

1858年に日本が欧米諸国と締結した条約により、兵庫津は1863年に開港されることになりました。しかし、天皇が住む京都に近いこともあり、開港の実施は延期され、兵庫津から2キロほど北東にある神戸村の浜辺を造成して、外国人居留地と新しい港湾施設が建設されることになりました。徳川幕府から明治新政府に政権が移行する直前、1868年1月1日に、神戸は正式に国際港湾都市のひとつとして世界に認知され、以後、アジアのハブ港湾都市として急成長を遂げていきます。居留地の区画やインフラはイギリス人の土木技師によって設計され、その街並の美しさと治安の良さから「極東のモデル居留地」と評されました。

本図は、居留地の南西隅から、東に続く居留地の海岸通を描きます。中央の小さな突堤はメリケン波止場。港には和船や外国船が浮かんでいます。西洋風の建物が建ち並ぶ居留地海岸通の奥にある「伝信機」と書かれた洋館は、明治3年(1870)に神戸-大阪間に創設された電信仮局です。馬車・人力車・自転車などの新しい乗物、行き交う西洋人、中国人と日本人が一堂に描かれ、開港場・神戸で新しい時代の息吹(いぶき)に接した絵師の感動が伝わってくるようです。

絵師の長谷川小信(このぶ)(1848-1941)は大阪の浮世絵師で、明治8年(1875)に二代貞信(さだのぶ)を襲名。小信時代を中心に、神戸や大阪の文明開化期の風景や風俗を題材にした開化絵を数多く描き、また、戦争絵や錦絵新聞、輸出茶の商標や引札、芝居番付など幅広いジャンルを手がけました。

【近代の神戸】

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