摂州神戸海岸繁栄之図三枚続 せっしゅうこうべかいがんはんえいのずさんまいつづき

木版画 / 江戸 / 日本 

長谷川小信
さだのぶ2
明治4年(1871)
木版色摺
36.2×72.0
3枚

1858年に日本が欧米諸国と締結した条約により、兵庫津は1863年に開港されることになりました。しかし、天皇が住む京都に近いこともあり、開港の実施は延期され、兵庫津から2キロほど北東にある神戸村の浜辺を造成して、外国人居留地と新しい港湾施設が建設されることになりました。徳川幕府から明治新政府に政権が移行する直前、1868年1月1日に、神戸は正式に国際港湾都市のひとつとして世界に認知され、以後、アジアのハブ港湾都市として急成長を遂げていきます。居留地の区画やインフラはイギリス人の土木技師によって設計され、その街並の美しさと治安の良さから「極東のモデル居留地」と評されました。
居留地の南西隅から、東に続く居留地の海岸通を描きます。中央の小さな突堤はメリケン波止場。港には和船や外国船が浮かんでいます。西洋風の建物が建ち並ぶ居留地海岸通の奥にある「伝信機」と書かれた洋館は、明治3年(1870)に神戸-大阪間に創設された電信仮局です。馬車・人力車・自転車などの新しい乗物、行き交う外国人や日本人、商談を交わす中国人と日本人が一堂に描かれ、開港場・神戸で新しい時代の息吹(いぶき)に接した絵師の感動が伝わってくるようです。
絵師の長谷川小信(このぶ)(1848-1941)は大阪の浮世絵師で、明治8年(1875)に二代貞信(さだのぶ)を襲名。小信時代を中心に、神戸や大阪の文明開化期の風景や風俗を題材にした開化絵を数多く描き、また、戦争絵や錦絵新聞、輸出茶の商標や引札、芝居番付など幅広いジャンルを手がけました。

【名品2019】【近代の神戸】

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