摂州海岸御固場所絵図 せっしゅうかいがんおかためばしょえず

木版画 / 江戸 

未詳
江戸時代末期/19世紀中期
紙本著色
56.1×93.3
1枚


来歴:池長孟→1951市立神戸美術館→1965市立南蛮美術館→1982神戸市立博物館

参考文献:
・神戸市立博物館『神戸開港150年記念特別展 開国への潮流―開港前夜の兵庫と神戸―』図録、2017
・神戸市立博物館『よみがえる兵庫津―港湾都市の命脈をたどる―』図録、2004

嘉永7年(1854)、ディアナ号に乗ったロシア使節プチャーチンの大坂湾来航は、幕府や諸大名にとっても、朝廷にとっても非常に大きな衝撃でした。特に朝廷が対外的危機感を表明したことで、幕府は京及び大坂湾の警備体制の強化に取り掛かります。以降、大坂湾の防備は朝廷の意向をうかがいながら進められるようになります。本図は安政5 年(1858)に、堺から須磨まで摂津海岸に配された諸大名の警備状況を表したもの。国持ちの外様大藩を中心に配置されており、武庫川から須磨にかけての西摂海岸は長州藩(萩藩・毛利家)が警備した。長州藩による警備は文久3 年(1863)まで続いており、同年、老中格小笠原長行一行が大坂湾防備の強化策を練るために湾内を巡察した際には、同藩が東須磨村に置いた陣屋にも赴いています。

【開国・開港】

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