神戸海軍操練所碑文稿 こうべかいぐんそうれんじょひぶんこう

文書・書籍 / 江戸 

伝 勝海舟
江戸時代、元治元年/1864年
紙本墨書
152.1×72.5
1幅


来歴:2004神戸市立博物館

参考文献:
・神戸市立博物館『まじわる文化 つなぐ歴史 むすぶ美―神戸市立博物館名品撰―』図録 2019
・神戸市立博物館特別展『神戸開港150年記念特別展 開国への潮流―開港前夜の兵庫と神戸―』図録 2017

 元治元年(1864)10月8日、軍艦奉行勝海舟が神戸海軍操練所の建設を記念して、操練所の敷地内に立てた碑文の稿本。海舟は操練所の開所にあわせて同年5月に軍艦奉行並から軍艦奉行に昇格しています。しかし同年7月、尊皇攘夷派勢力の回復を画策する長州藩によって禁門の変が引き起こされると、10月には神戸海軍操練所のトップにあった軍艦奉行勝海舟がこの事件に関連して罷免され、さらに翌2年3月12日には開所から1年足らずで海軍操練所自体が閉鎖されることになります。海舟は文久から元治期にかけて奥平野村祥福寺の西にあった神戸村庄屋生島四郎太夫の別邸に滞在しており、この碑文稿はその生島家に伝わったものです。碑そのものは操練所が閉鎖された際、幕府の追及を恐れて土中に埋められます。ですが後に掘り起こされて、大正4年(1915)11月に神戸港を見渡せる高台の諏訪山公園に再建され、現在も見ることができます。

【開国・開港】

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