西国名所之内 さいごくめいしょのうち

木版画 / 江戸 

五雲亭貞秀画 (1807-)
ごうんていさだひで
江戸時代、慶応元年/1865年
木版色摺
1帖25枚


来歴:池長孟→1951市立神戸美術館→1965市立南蛮美術館→1982神戸市立博物館

参考文献:
・神戸市立博物館特別展『神戸開港150年記念特別展 開国への潮流―開港前夜の兵庫と神戸―』図録 2017
・神戸市立博物館特別展『よみがえる兵庫津』図録 2004

「西国名所之内」は「大坂安治川橋」から「尼崎大物の湊」「西の宮」「須磨・明石」「高砂」「姫路書写山」など西国の名所25 景が描かれています。作者の五雲亭貞秀は、幕末から明治期に活躍した浮世絵師で、開港から間もない頃の横浜の町や外国人などを描いた作品を数多く残しています。「兵庫磯乃町」は西国街道から兵庫に入る西の入口である柳原惣門(現在の柳原蛭子神社付近)から東に向かって兵庫の町と港を眺めた風景を描いています。町には瓦葺の町屋が密集し、海岸に沿って蔵屋敷が立ち並んでいます。また港には停泊する多くの船、そして海上には沖へ続く帆の列が描かれています。19世紀半ばの兵庫は、北前船や尾州廻船といった当時を代表する海運を結びつけるハブ港としての役割を果たしており、それが港湾都市として活況を呈した一因です。ただし、北前船や尾州廻船の船主たちは交易の拠点としてのみ兵庫を位置づけていたわけではありません。彼らは不足する船具や食料や水の補給基地、そして長距離に及ぶ航海で痛んだ船を修繕し、新たな船を建造する修船・造船基地としてもこの地を捉えていました。
幕府が兵庫を、将軍の上洛艦隊の受入港、幕府の直轄港として選択したのは、19 世紀半ばまでに近世港湾としての成熟を見せていたことが大きな要因の一つであろう。

【開国・開港】【近世の神戸】

作品所在地の地図

関連リンク

西国名所之内チェックした作品をもとに関連する作品を探す

摂州海岸御固場所絵図
天保山魯船図
天保山魯船図

筆者不詳

イラストレイテッド・ロンドンニュース1868年3月28日号
将軍天保山入港
将軍天保山入港

五雲亭貞秀

開港神戸之図
ページトップへ