富士薄名月柄鏡
ふじにすすきめいげつえかがみ
概要
現代の鏡は、透明なガラスの背面に銀色の膜を貼り付けた「ガラス鏡」です。日本でガラス鏡が広く使われるようになったのは、19世紀後半以降のことですが、それ以前の鏡はもっぱら銅製で、銅を熱して溶かし型に流し込む鋳造の技法で作り、片面を磨いて像が映るように仕上げました。銅製の鏡は、紀元前のエジプトやギリシャ、中国で製造されていました。日本には紀元前2世紀ころに中国から丸い形の銅鏡がもたらされ、1世紀から2世紀ころには、それを真似て日本独自に製造するようになります。このころの鏡は、背面に幾何学的な文様を表しており、実用というよりは、神秘的な力をもつ霊物として大切に扱われました。以後19世紀まで、日本では銅鏡が作り続けられ、しだいに実用化していきました。背面のデザインは、作られた時代によってさまざまです。16世紀にはこの作品のように、円形の鏡に取っ手を付けた柄鏡が現れ、以後は主流となります。都市の発展と、経済活動を支える庶民層の拡大にともない、柄鏡は市民生活の間で普及しました。背面のデザインには、人々の身近な動植物や人物・景色が取り入れられ、表現は細やかで写実的となりました。
この柄鏡の背面には、雲の上に頂(いただき)を出した富士山と大きな丸い月があらわされています。月の中に描かれるのは薄(すすき)です。丸い月とススキのシルエットで、秋の風情(ふぜい)を表現しています。月の下に「天下一人見作」(てんかいちひとみさく)と記されています。「人見」は工人の名です。「天下一」とは、天下で一番優れた技量をもつという意味です。もともとは幕府の将軍がある特定の工人に与えた称号ですが、だれでもが勝手に名乗るようになり、のちに禁止されました。
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