牧牛図(十牛図)
ぼくぎゅうず(じゅうぎゅうず)
概要
本図の賛は『一山一寧語録』偈頌にある十牛図賛語十首のうちの第五「牧牛」と一致する。禅林で修行の過程を示すために牧童(修行者)と牛(心)との関係に比して表した十牛図十幅の中の第五図が遺ったもの。中国画の手本に倣う制作と思われる。本来円相中に描かれるべきところを掛幅装とする。画題中心の牧童と牛が細密に描かれる他は、土坡・水流・遠山等に粗放な用筆がめだつものの、画面は牧歌的な空間を巧まずしてとらえていて、魅力がある。
なお、第十幅目にあたる賛語が記録から知られ、本図は寧一山が梅岩居士金刺満貞のために延慶3年(1310)に着賛したことがわかる。梅岩居士はかつて寧一山を信州に招き自領内の慈雲寺の開山とした。
周知のように寧一山(1247~1317)は、中国・元時代の臨済宗の高僧。大徳3年(1299)に西澗子曇、石梁仁恭(せきりょうにんきょう)とともに来朝した。一時北条氏によって囚われたが、ついに鎌倉建長寺に招かれ、さらに円覚寺・浄智寺に住し、正和2年(1313)には上洛して南禅寺三世となる。わが国禅林に強い影響を遺し、またその墨跡の伝来も多く、さらに初期水墨画や頂相に多数の着賛があることでも知られる。その語録賛語は絵画史から見ても重要な資料である。
奈良国立博物館の名宝─一世紀の軌跡. 奈良国立博物館, 1997, p.320, no.180.