大道一以像 だいどういちいぞう

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日本画 / 奈良県 

伝明兆筆
室町時代 14世紀/明徳5年 1394
紙本 墨画 掛幅
縦47.0 横16.2
1幅
重要文化財

 大道一以(1292~1370)は、臨済宗聖一派の人。出雲に生まれ、建長寺の約翁徳倹(やくおうとっけん)、南禅寺の規庵祖円(きあんそえん)、一山一寧(いっさんいちねい)、東福寺の南山士雲(なんざんしうん)、乾峰士曇(けんぽうしどん)などに歴参したのち、蔵山順空(ぞうざんじゅんくう)の法を嗣ぎ、東福寺永明院に住した。また淡路の太守細川師氏に招かれて安国寺を開いた。その後上洛して東福寺(二十八世)、南禅寺(三十二世)に住したが、晩年淡路に帰る。
 図上部には、東福寺退耕庵の性海霊見(しょうかいりょうけん)(1315~1396)が、明徳5年(1394)に、淡路の細川満春の求めにより着賛している。『性海霊見遺稿』には「大道和尚賛 坐石上上有松木蘿挂之左右鹿鵠兆殿司筆」とある画賛が数首収録されている。本図の賛と一致するものはないが、本図を髣髴とさせる明兆画の大道像が複数存在したことは間違いない。
 明兆(1352~1431)は、淡路の出身で大道一以の弟子。その諱である吉山は大道から得ている。五百羅漢図をはじめ多作の画僧としての活躍は周知だが、こうした水墨画の頂相にはほかに東福寺の聖一国師岩上像がある。図は、通例の頂相の椅子に坐す姿には表さず、松樹下の岩上に左足をおろして半跏する大道和尚を描く。右手には竹製の長い挂杖をとる。下方に鹿と白鵠が配されるのは、山中羅漢図に見立てたためであろう。面相には濃淡墨を使い分け、外隈を施してやわらかい表情を作り、鹿には墨暈をまじえた軽快な筆致が見られる。小品ながら明兆壮年の印象深い作品である。

奈良国立博物館の名宝─一世紀の軌跡. 奈良国立博物館, 1997, p.319, no.177.

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