紅地有卦舟模様唐織
べにじうけふねもようからおり
概要
加賀藩主前田家に伝来した能装束の一領である。紅地に、「ふ(富)」の字が頭に付く意匠7つ、舟(帆)、縁雪(雪輪)、筆、文、藤袴、深見草(牡丹の異称)、福寿草が色緯で織り表された唐織で、附属の畳紙には「弘化三年五月御有卦之節従御住居様被進」と、その由緒が記される。
「御住居様」とは、11代将軍徳川家斉の21女で13代藩主・前田斉泰に嫁した溶姫である。徳川将軍家から大名家に姫君が嫁ぐと、専用の御殿が造営され、「御住居様」と呼ばれた。「有卦」とは陰陽道で物事が全て順調に整う気運が巡り来る7年間のことで、斉泰が有卦に入った弘化3年(1846)、溶姫が祝いに贈ったのがこの唐織で、頭に「ふ」が付くものを載せた有卦舟に見立てている。斉泰は5月11日に金沢城で能を催し、自らも〈伏見〉〈藤〉〈舟弁慶〉を舞った。この日の能7番、狂言5番も、全て頭に「ふ」の字が付く曲目であった。斉泰は〈藤〉でこの唐織を着用したのであろう。
またこの唐織は、狩野芳崖が明治20年(1887)に加賀前田家の能装束の意匠を模写した「加州家蔵能装束模様」(東京藝術大学蔵)や「能装束地紋図」(前田育徳会蔵)に部分模写図があり、大正9年(1920)刊行の『能装束模様百佳選』にも「侯爵前田家珍蔵」として部分図が掲載され、古くから知られた名品である。