鹽竈神社の鹽竈ザクラ
しおがまじんじゃのしおがまざくら
概要
松島湾の島々を望む景勝地にある鹽竃神社の境内には、古くから「鹽竃桜」が伝えられてきた。
この桜は、サトザクラ系の八重桜で、例年5月上旬に満開となる。花は、淡紅色の大輪で極く短い花軸に密に群生する。その花弁数は35枚から50枚に及ぶ重弁である。花弁には縦の皺がみられ、先端は数条の浅い切れ込みをもつ。また、2本の雌しべは緑色の小葉に変化しているなどの特徴を有する。4センチもある花柄は多少垂れていて、花と同時に開く淡赤色の若葉と併せて、この花の見映えをよくしている。
「鹽竃」なる桜は、堀河天皇の御製にその名がみえることから、平安時代には成立していたと考えられる。また、江戸時代には井原西鶴の小説や近松門左衛門の戯曲にも登場するほど知名度の高いものであった。そのせいか、「鹽竃桜」の名を称する桜は特定の品種に限られず、地方によっては別の桜の呼称にもなっていた。
しかるに、昭和14年、鹽竃神社を訪れた三好学は境内に咲くこの桜に接して、『大和本草』、『和漢三才図絵』、『怡顔斎桜品』など諸文献の記載や写生図にみえる「鹽竃桜」の特徴を見いだした。そこで他の同名の桜と混同を避けるため、「鹽竃神社の鹽竃桜」との呼称を提案した。「鹽竃神社の鹽竃桜」は、古来著名な品種として昭和15年天然記念物に指定された。
指定された「鹽竃神社の鹽竃桜」は単木の高齢木であったため、その後枯死し、昭和34年指定解除された。しかし、鹽竃神社ではその際この桜の苗木育成に努め、境内に植栽して保存してきた。
数多くの桜のうち、古くから広く知られてきた「鹽竃神社の鹽竃ザクラ」は学術・文化両面でその価値は高く、再び天然記念物に指定して、末長く保存を図ろうとするものである。