絹本著色春日宮曼荼羅図
概要
画面の上辺に春日山、三笠山、若草山、その下に、春日大社本殿および若宮、さらに二の鳥居を経て左下に東西両塔、下辺中央の一の鳥居に至る景観が描かれる。春日、三笠山と社殿の間には、五社の神々に対応する本地仏、(左から十一面観音、地蔵菩薩、薬師如来、釈迦如来、文殊菩薩)が円相内に表される。若草山や参道、回廊の床、土坡の一部などには金泥を、若宮、本殿内院および中院、両塔回廊内のそれぞれの地面には銀泥を刷いている。縦が一八〇センチメートルを超え、しかも絹継ぎのない一副絹の大幅である。
この形式の春日宮曼荼羅図では、正安二年(一三〇〇)の製作であることが表背の押紙から知られる湯木美術館本がすでに重要文化財に指定されているが、本図はこの湯木美術館本に比べ周辺部の小さな祠など、より多くの点景が描き込まれている。また、最近、現存する春日宮曼荼羅図において、特定の樹木や滝など、多くの共通する点景が諸作品を通じて描き継がれており、それらが春日宮曼荼羅図としての景観を特徴づけていることが指摘されている。本図においては、そのような点景が豊富に描かれているだけでなく、外院の滝や一の鳥居の榊、森のなかの群生する特徴的な樹木など、他の作品では比較的描かれることの少ないものまでもが描き込まれている。さらに、本殿前に本殿に向かって礼拝する人物群が、若宮の神楽殿の建物内には童形の若者と、烏帽子を被った人物が向かい合って描かれているのも他に例をみないもので、注目されるところである。
本図の保存状態はよく、良質の顔料の鮮やかな色合いがよく残る。描写もきわめて精緻で、建築物や樹葉などが微細な部分にいたるまで丁寧に描かれている。制作期は金銀泥を多用し、色鮮やかに描かれた景観表現や、柔和な相好をみせる本地物の描写などからも、鎌倉時代末期を下らないころにおいてよいであろう。本図は、その大きさも特記されるところであり、一四世紀に至るまでの春日宮曼荼羅は十数点が知られているが、そのなかでも最大級を誇る。春日宮曼荼羅を代表する優品の一つといえよう。
なお、本図は近年まで行われていた奈良市の中心部、南市の春日講の本尊として伝来したものである。旧箱の箱書から少なくとも慶長十九年(一六一四)にはこの春日講本尊であったことがわかり、信仰史的にも興味深い。
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