忠直公御木像由来之画

日本画 / 昭和以降 / 佐賀県 

陣内松齢 (1900年−1970年)
じんのうちしょうれい
佐賀県
昭和時代初期
紙本着色 掛幅装
縦147.0cm 横80.2cm
1幅
佐賀市松原2丁目5-22
公益財団法人鍋島報效会

慶長18年(1613)、初代佐賀藩主鍋島勝茂と正室・高源院との間の初の男子として生まれた忠直は、5歳で将軍秀忠に初御目見えをし、元和8年(1622)の参勤で江戸詰めとなり、従五位下肥前守となった。同日、松平称号と「忠」の一字を拝領し、忠直と名乗る。周囲からの期待を受けながらも、藩主就任前に23歳の時に疱瘡で亡くなった。
佐賀藩士による武士道論「葉隠」には、忠直に仕えた藩士江副金兵衛の、忠直没後の行動を物語る逸話が載せられている。金兵衛は忠直逝去直後から姿を消したが、それは高野山に遺骨を納め、忠直像とその前で畏まる自らの像を彫刻するためだった。
そして一周忌の命日にあたる寛永13年(1636)正月28日、佐賀の菩提寺高傳寺に姿を表し、追腹を遂げた。本図には、その日、金兵衛が高傳寺に姿を現した場面が描かれている。画面下の石橋を渡り、杏葉紋を染め抜いた幕を張り巡らした山門へと向かう草鞋履きの金兵衛が彫刻した忠直像を背負っている。この忠直像および江副金兵衛像は高傳寺に現存している(忠直像は佐賀市指定重要文化財)。

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