久米通賢関係資料 くめつうけんかんけいしりょう

歴史資料 / 江戸 / 中国・四国 

香川県
江戸
1061点
坂出市本町1-1-24
重文指定年月日:20140821
国宝指定年月日:
登録年月日:
国宝・重要文化財(美術品)

 久米通賢(1780~1841)は、江戸時代後期に高松藩に出仕し、自らの科学知識を活かした諸活動により藩政に貢献した人物である。讃岐国東部の大川郡馬宿村(現・東かがわ市)に生まれ、寛政10年(1798)に大坂に上り、間重富の門下生として天文暦学・測量術等を学習した。享和2年(1802)、讃岐に帰国後、(1)藩内測量および地図制作、(2)天体観測、(3)土木事業の設計、監理、(4)銃砲等武器の改良および製造等多方面に事績を残した。文化3年(1806)藩命により、地平儀等自ら考案した測量器具を用いて極めて精度の高い藩内測量を実施し、地図を制作したこと、文政9年(1826)から開始された坂出塩田干拓の設計、監理を自ら行い、普請奉行として事業を全うしたこと、「鋼輪」と呼ばれるゼンマイ式発火機構の開発や発火薬である雷汞(雷酸水銀)製造の成功をはじめ、多数の武器を開発、製造したこと等の事績が特筆される。
 (1)に関しては、導線法と交会法を用いた測量結果を記録した野帳類、測量絵図帳、実測下図等が地図制作の過程を伝え注目される。特に、藩領を東西1枚ずつ2枚に集約した広域の下図は、最終提出図に極めて近い段階の大型の図で、伊能図に先行する讃岐地方を対象とした測量図として地図史上に興味深い。(2)には、日食、月食、彗星等の観測記録や推歩記録が残るほか、間家本の書写本とみられる『暦象考成下編』等典籍類が存する。また、測量機器として「地平儀」、「ヲクタントフ(八分儀)」、「象限儀」、「星眼鏡」、「平盤測定器」が伝わるが、「地平儀」、「ヲクタントフ」等はバーニヤ副尺を採用し、2分単位の読み取りを可能としたものである…

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