泰西王侯騎馬図 たいせいおうこうきばず

その他 / 江戸 

筆者不詳
江戸時代/17世紀初期
紙本金地著色
166.2×460.4
4曲1隻


来歴:江州日野城主蒲生氏郷、旧会津藩主松平子爵家伝来。前原一誠→1932池長孟→1951市立神戸美術館→1965市立南蛮美術館→1982神戸市立博物館

参考文献:
・神戸市立博物館『まじわる文化 つなぐ歴史 むすぶ美―神戸市立博物館名品撰―』図録 2019
・塚原晃「初期洋風画と絵画と印刷のセミナリオ」泰西王侯騎馬図屏風などの制作年代・環境をめぐる試論 」(『神戸市立博物館研究紀要』第29号) 2013
・サントリー美術館・神戸市立博物館『南蛮美術の光と影 泰西王侯騎馬図屏風の謎』展図録 2011-12
・神戸市立博物館特別展『コレクションの精華』図録 2008
・三好唯義「「万国絵図屏風」の原図について~1609年版P.カエリウス世界地図の復元」(『神戸市立博物館研究紀要 19』 2003)
・神戸市立博物館編『南蛮美術セレクション』 1998
・三好唯義「P.カエリウス1609年版世界地図をめぐって」(『神戸市立博物館研究紀要 13』 1997)
・三好唯義「J.ブラウの1645/46版世界地図について」(『神戸市立博物館研究紀要』第11号) 1994
重要文化財

福島・会津若松の鶴ヶ城(若松城)に伝来した屏風。池長孟が購入後、現状の4曲の屏風に仕立て、金具なども新調しています。対をなす騎馬図屏風は東京・サントリー美術館に所蔵されています。本図は、画面左から神聖ローマ皇帝ルドルフ2世、トルコ皇帝、モスクワ大公、タタール王を表しており、ヨーロッパに攻め込んだアジア諸王とこれに抗うヨーロッパの帝王が対峙(たいじ)する構図になっています。騎馬像の原図は、アムステルダム刊行の1606~07年のウィレム・J・ブラウ世界地図を、1609年にカエリウスが改訂した大型の壁掛け世界地図(現存しない)の上部装飾と推測されています。地図の長崎到着時期を考慮し、早くて1611年以降、1614年の大追放までの制作が想定されています。立体感をだす陰影や遠近表現は西洋画的ですが、朱地に押された金箔、下書きに見られる墨線、彩色の顔料などは日本画の技法を用いています。

【南蛮美術】

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