東町田墳墓群
ひがしちょうだふんぼぐん
概要
岐阜県西南部,金生山(きんしょうざん)麓から派生する標高15~18mの段丘上に所在する,弥生時代終末期から古墳時代前期にかけて築造された墳墓及び古墳。
台地南西縁辺部に,弥生時代終末期に築造された直径17.6mなど2基の円形墳丘墓が良好に遺存し,近接して同時期の一辺10m前後の方形周溝墓2基がある。古墳時代前期になると墓域は東方に移り,墳長22mなど2基の前方後方墳(前方後方形周溝墓)と一辺14mなど3基の方墳(方形周溝墓)が築造された。遺物としては,口縁部内面に人物,外面の胴部上半に切妻高床建物,シカなどの動物を描いた絵画土器や水銀朱が付着する石臼などが出土した。
本墳墓群は,方形周溝墓が一般的であった弥生時代終末期において円形墳丘墓を採用し,その後,前方後方墳(前方後方形周溝墓)と方墳(方形周溝墓)が築造される段階を経て,前方後円墳が安定的に築造されるという,古墳成立期の東海地域の状況を良好に示しているという点で重要である。また,線刻絵画土器,水銀朱に関係した遺物は,当時の人々の精神世界や葬送儀礼の在り方を知る上でも重要である。
今回,9基の墳墓及び古墳のうち4基を指定する。