山塘普済橋中秋夜月 さんとうふさいきょうちゅうしゅうやげつ

木版画 /  

秀涛子画 陳仁桑店版/蘇州版画)
清時代/18世紀前期
木版筆彩
103.9×55.7
1幅
「倣泰西筆法、桃塢、秀濤子」

来歴:池長孟→1951市立神戸美術館→1965市立南蛮美術館→1982神戸市立博物館

参考文献:
・塚原晃「長崎版画としての《姑蘇石湖倣西湖勝景》」(『神戸市立博物館研究紀要』第34号) 2018

18世紀半ばの蘇州は北京に劣らぬ経済的な繁栄を謳歌し、明代から江南で培われた版画技術と、さらに新しい表現技法が融合し、世界に類を見ない版画芸術が咲き誇っていました。外城河という広大な運河に囲まれた蘇州旧市街の北西部に広がる街区·桃花塢でこれらの風景版画が作られました。この《山塘普済橋中秋夜月》にも、その制作地・作者の情報として「桃花塢陳仁柔店」という記述が見られます。蘇州版画(姑蘇版)の風景画は、いずれも高さ1メートルに達するものが多く、しかも接合されていない1枚の大きな紙に摺りあげる手法は日本の浮世絵版画にはない特色です。大半の作品は濃淡をわけた墨摺を複数回重ね、さらに筆彩を加える技法で描かれています。

活気と喧騒あふれる蘇州の街並みやその郊外風景を克明に描写したことも、中国の版画として斬新であり、当然の事ながら、同時期(1730〜40年代)の日本でこれに匹敵する都市風景版画はまだ出現していません。その空間表現は伝統的な俯瞰描法が多いのですが、「山塘普済橋中秋夜月」では、「倣泰西筆法」、つまり、西洋絵画の表現法にならって描かれたと記しています。おそらくそれは「クロスハッチング」、平行・交差する無数の直線の集まりで陰影を表す西洋銅版画に似た技法が施されていることを指しているのでしょう。

本図は、蘇州城外西北の山塘地区の運河にかかる普済橋付近の、中秋の月夜の情景です。右下隅に見られる「桃花塢陳仁柔店」と同じ記載が、乾隆5年(1740)に完成した万年橋を描く「蘇州景新造万年橋図」(町田市立国際版画美術館蔵)にも見られることから、大型の蘇州風景版画とほぼ同時期、雍正末期から乾隆初期(1730〜1740年)に制作されたと考えられます。上方に記された「桃塢秀涛子」は桃花塢で活動していたこの作品の原画者名と推測されます。

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