姑蘇石湖倣西湖勝景 こそせっこほうせいこしょうけい

木版画 / 江戸 / 長崎県 

画者不詳/長崎版画
江戸時代後期/江戸時代、18世紀後期
木版筆彩
69.7×51.0
2枚続
版元 長崎 富島屋版か

蘇州およびその周辺の景観を描く大型の木版画ですが、その制作地について、中国蘇州とする説と日本長崎とする説に分かれていました。蘇州版画(姑蘇版)は、西洋風の遠近法を導入した都市鳥瞰図の表現で知られています。「姑蘇石湖倣西湖勝景」も一見すると、これら蘇州版画のように見えます。しかしその細部の表現は遠近感やモチーフ同士の位置関係の描写に破綻をきたしており、これを雍正から乾隆年間前期の、精巧な描写を持ち味とした蘇州版画の作例ではなく、むしろ1780年ごろの豊島屋版による長崎版画の作風に類似しています。また、本図は2枚の紙を縦方向に繋いで画面を大型化していますが、このような技法は蘇州版画ではありえません。
また、本図に描かれている景観は、石湖、寒山寺、そして山塘街周辺の市街地をあたかも互いに隣接しているかのように描いていますが、実際のこの3箇所は遠く離れており、このようにひとつの視野に収めることはできません。「姑蘇石湖倣西湖勝景」はそのタイトルが示すとおり、日本でも名高い西湖に面した江南の古都・杭州になぞらえて、蘇州の名所景観を愛でる意識によって半ば空想的に構築された都市鳥瞰図とも考えられますが、問題は、その中央にそびえ立つ塔に「寒山寺」と表記されている点です。寒山寺は康煕年間後半に火災で堂塔を失い、乾隆年間においては衰亡を極めていて、地元の蘇州版画の担い手たちがこの寺をわざわざ描くことはあり得ません。寒山寺は唐の詩人・張継の「楓橋夜泊」の詩で知られ、日本でもこの詩は広く親しまれていました。江戸時代の日本では「蘇州第一の名所・寒山寺」というイメージが独り歩きしていました。「姑蘇石湖倣西湖勝景」の「寒山寺」も、当時東アジア随一の大都市・蘇州に対する日本人の素朴な憧れが図らずもにじみ出てしまった作品とすべきでしょう。

【名品2019】【長崎ゆかりの近世絵画】

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