長井雅楽肖像画 ながいうたしょうぞうが

日本画 / 昭和以降 / 東京都 

橋爪堆恩 (1900~1978)
はしづめたいおん
東京都
昭和37年/1962年
絹本・着色・額装
本紙縦87.9、横71.3(cm)
1面
山口県萩市大字堀内355番地
長井家寄贈
萩博物館

幕末の長州藩(萩藩)で重役をつとめた長井雅楽の肖像画。長井の100年祭が執り行われた昭和32年(1962)、末裔をモデルとして描かれたものであるため、厳密には想像画である。長井雅楽(1819~1863)は安政5年(1858)直目付役に昇進して藩政の中枢に参画。文久元年(1861)「公武一和・航海遠略策」と称される独自の開国論を藩主に建白して公認され、朝廷と幕府の間を周旋して公武合体を推進した。しかし翌年、久坂玄瑞や桂小五郎(木戸孝允)らの尊王攘夷派が反対運動をおこし、藩是は「破約攘夷」に一変。長井は辞職に追い込まれ、萩の自宅で壮絶な切腹を遂げた。

作品所在地の地図

関連リンク

長井雅楽肖像画チェックした作品をもとに関連する作品を探す

梅図
梅図

松浦松洞

高杉晋作肖像画
文久三年八月十九日未明七卿妙法院宸殿ヲ出テ将サニ長州ニ奔ラントスル図
七卿落図
七卿落図

沢宣嘉

治痘新局
治痘新局

久坂玄機

ページトップへ